OMAR/THERE'S NOTHING LIKE THIS

There's Nothing Like This
オマーは90年代以降に現れた黒人音楽家としては、最大の天才のひとりだと思います。95年のディアンジェロのデビューに端を発するUSでのニュー・クラシック・ソウルの動きも、90年代初頭のUKで70年代のマーヴィンやスティーヴィーの精神に倣い、独立独歩の姿勢を示して見せたオマーの存在があればこそ、と思います。
そのオマーの、今のところの最高傑作はデビュー作『THERE'S NOTHING LIKE THIS』でしょう。このアルバムがかなりの低予算で制作されたであろうことは、このチープなサウンドを聴けば一聴瞭然。しかし、金をかけて余計な装飾が施されていないからこそ、彼の才能の煌きが手に取るように分かります。
ソウルやジャズ、幼少の頃から培ってきたクラシックの素養をベースに、自身のルーツであるカリブやラテンなどのスパイスをふりかけ、魔法のようなメロディを紡ぎあげて完成された瑞々しい音楽性は、この若き天才がいずれ70年代のスティーヴィーに比肩しうる存在になるかもしれない、そう思わせるものがありました(現実には、そうはなりませんでしたが…)。
実際、このデビュー作を語る際に、スティーヴィー黄金期の『INNERVISIONS』あたりがよく引き合いに出されていましたが、むしろ個人的にはその真の才能が粗削りながらも初めて示された作品として、『MUSIC OF MY MIND』に位置する作品と捉えています。
まずはタイトル曲の素晴らしさに虜になってしまいます。柔らかなベースライン、レゲエやラテンの匂いを感じさせるアレンジメント、瑞々しいメロディを伴ったこの曲は、いつまでも潤いを保ち続けるエヴァーグリーンな魅力に満ち溢れています。
その他の曲は、サウンドのチープさが気になる部分もあり、タイトル曲のような魔力は持ち得ていませんが、アルバムのいたる所から才能の輝きが洩れさしており、フレッシュでありながらも凄みさえ感じさせます。
この後に発表された4枚のアルバムは、いずれも高いクオリティを保っていますが、残念ながらデビュー作を越える作品を生み出せてはいないように思います。(なかでは、ラモン・ドジャーレオン・ウェアも参加した3rd『FOR PLEASURE』が好き。ラモン・ドジャーと共作した「OUTSIDE」は二つの才能の生み出すマジックを堪能できます。) 果たして、彼が『INNERVISIONS』に匹敵するような作品を創る時がいつか来るのでしょうか…?その日が来ることを期待して待ちたいと思います。